Photo by Matt Salacuse © Warner Music Group

世界中がリスペクトするJeff Beckとは何者だったのか?

BY FEEL ANYWHERE
2023.03.17

これまでグラミー賞を8度受賞、『ローリング・ストーン』誌の選ぶ「最も偉大な100人のギタリスト」において第5位(2011年)にランキングされるなど、全世界が認めるロック界最高峰の天才ギタリストのひとりジェフ・ベック(以下 ベック)。2017年にデビュー50周年のアルバム『Loud Hailer(ラウド・ヘイラー)』のリリース後、次はどんなことをやってくれるのかが本当に待ち遠しかった。そんな時に発表されたのがハリウッド俳優としても輝かしいキャリアを持ち、ハリウッド・ヴァンパイアーズの創立メンバーとして音楽活動も行うジョニー・デップとの奇跡的なコラボレーションだった。2人のビッグスターがタッグを組み、2020年4月にとジョン・レノンの名曲「solation(孤独)」のカバーを発表。ベックのまた新たなる挑戦に、世界中の音楽ファンは驚かされた。

Jeff Beck and Johnny Depp - Isolation [Official Music Video]

この時のベックは74歳。鍛え抜かれた身体で、年齢を感じさせないギターパフォーマンスは本当にうっとりするようなカッコ良さだった。しかもそれだけでは終わらず、2022年にはジェフ・ベック・アンド・ジョニー・デップとしてアルバム『18』を発表。そのアルバムを引っ提げて10月から11月にかけて北米20ヶ所以上でライブツアーを行うなど精力的な活動をおこなった。ひょっとして日本でのサプライズ公演もあるのではという期待感も大きくなっていた人も多いことだろう。そんな期待感が大きくなった矢先の2023年1月10日。ベックは細菌性髄膜炎のため急逝した。78歳だった。多くのアーティストたちはもちろん、全世界の音楽を愛する人たちが嘆き悲しんだ。

エリック・クラプトン、ポール・マッカートニー、ジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)、ミック・ジャガー(ローリング・ストーンズ)、ダフ・マッケイガン(ガンズ・アンド・ローゼズ)など、錚々たるロックレジェンドたちが数えきれないほどたくさんの追悼メッセージをSNSに寄せた。

また世界中のメディアによるベックの追悼特集は広がり続け、改めてベックの存在がとてつもないことだったのだと再認識させられた人も多かったことだろう。しかし、その一方でメジャーなバンドに所属することのなかったベックを知らない若い世代の人たちも多いことも事実。

これほど世界中がリスペクトするジェフ・ベックとは何者だったのか?

今回のアーティクルではベックのことを知らない人でも、これだけは記憶しておいて欲しい彼の3つの魅力とそれを物語る作品を紹介していきたい。

伝説のバンド〈ザ・ヤードバーズ〉から始まるジェフ・ベックのキャリア

English guitarist Jeff Beck (1944-2023) of the Jeff Beck Group posed at BBC Television Centre in London in April 1967. (Photo by Ivan Keeman/Redferns)

まずはベックのプロフィールについて簡単に紹介していこう。ベックは1944年6月24日にイングランドに生まれた。1960年代から現在まで多様な音楽スタイルを取り入れながら、卓越した技巧と表現力を持ち続けているイギリスの不朽のロックギタリストだ。ロック、ブルース、ジャズ、フュージョン、プログレッシブ・ロックなど、多彩なジャンルの音楽を演奏し、その音楽性と独自性が高く評価され続けてきた。また、常に新しい音楽スタイルの追求に挑戦し続け、多くのギタリストたちに多大な影響を与えてきた存在だ。

ベックのキャリアは、のちのレッド・ツェッペリンの母体ともなったグループとなるザ・ヤードバーズにギタリストとして参加したことから始まる。時期がそれぞれ異なるもののザ・ヤードバーズにはエリック・クラプトン、ジミー・ペイジもギタリストとして名を連ね、その後はそれぞれクリーム(Cream)、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)というロック史上に大きな影響を残すバンドを結成したメンバーが在籍していた伝説に残るバンドだった。

The Yardbirds - "Heart Full Of Soul" (1965)

この2人と同様にベックは、ザ・ヤードバーズ時代に伝説的なギタリストとしての片鱗を見せるとともに、ギターサウンドに革新をもたらせていく。彼は、ディストーションやフィードバックなどのエフェクトを多用したり、ハーモニクスやフィンガーピッキング、スライド奏法、トレモロ・バーの活用など、さまざまなギターテクニックを駆使することで、重厚で攻撃的なサウンドを生み出すことしていく。また激しさだけではなく、エレキギターの音色をアコースティックギターに似せるなど、斬新なアイデアを次々に実現させ、ロックギターのトーンの枠を超越していこうとした。ベックは、このザ・ヤードバーズを皮切りに〈常に新しい音楽スタイルを作り出し続けるギタリスト〉として、その名を刻み始める。

孤高でありながらミュージシャン・シップ溢れていたジェフ・ベック

Beck's Bolero (2005 Remaster)
1968年にリリースした初のソロアルバム「truth」は、ハードロック、ブルースロック、プログレッシブロックの要素を含み、当時の音楽シーンやギタリストたちに大きな影響を与えている。

ザ・ジェフ・ベック・グループを作り、自分自身の音楽的スタンスを中心に置いていた活動に邁進するベックだったが、メンバー間での音楽性の違いも徐々に生まれていく。しかしベックは周りがどう考えようと自身の理想に妥協をすることがなかった。その結果、ロッド・スチュワート、ロン・ウッドはグループを脱退、5年の活動期間で16人ものミュージシャンたちが脱退・加入を繰り返し、1972年7月にザ・ジェフ・ベック・グループは解散する。ベックがしばしば「孤高のギタリスト」と言われてきた理由のひとつだろう。

"孤高と言うと集団に属さず他者とは交わらないイメージを持つが、ベックは単なる「孤高のギタリスト」ではかったように思う。どんなに天才的なギタリストであっても、ひとりだけで作品を作っていくのは不可能だ。それは誰より理解しているのはベック自身であったのではないか。実際にベックは長年に渡り数多くのアーティストやミュージシャンとのコラボレーションやセッションを行ってきている。

最新作『18』のジョニー・デップもそのひとりだが、その数は生涯で数百人から千人以上に上ると言われている。代表的なアーティストだけでもスティーヴィー・ワンダー、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ビリー・ギボンズ、ボニー・レイット、カルロス・サンタナ、ロジャー・ウォーターズ、スティング、ビック・ショウ、ジャネット・ジャクソンなど名だたるアーティストたちばかり。またベックはベックジョン・メイヤー、ゲイリー・クラーク・ジュニア、 マーク・レタリー ブレイク・ミルズなど、今後を担う若い世代ともセッションすることにも積極的におこなってきた。"

Jeff Beck Live 2022 🡆 Freeway Jam 🡄 Sept 25 ⬘ The Woodlands, TX
アルバム『18』をリリース後の北米ツアーのLIVEの模様。ベースにはロベンダ・スミスドラムにはアニカ・ニルスという若い世代の女性リズム隊を起用。世代を超えたケミストリーを生んでいる。

唯一無二の音楽スタイルを作ろうとする明確な意志を持っていたベックは、アーティストたちとの衝突もあったことは事実だ。しかしジャンルや世代を超えたアーティストたちとのセッションは、常に新たな刺激や発見があったに違いない。ベックもそれを理解しているからこそ、結果として例をみないほどの多くのアーティストたちと関係を育んでいったのだろう。
「孤高のギタリスト」と呼ばれることも多かったベックだが、実際は、世界中のどのアーティストより「ミュージシャン・シップ溢れるギタリスト」でもあったように思う。

さらにベックの音楽に向き合う姿勢が端的にわかるこんなエピソードが残っている。
もしかしたらザ・ローリングストーンズのギタリストになっていたかもしれないという話だ。

1974年12月にザ・ローリングストーンズのギタリストだったミック・テイラーが脱退、その後任のギタリストとしてオファーがベックの元に寄せられたのだ。

❝結局、ストーンズはリハーサル1回でもうたくさんだった。
ストーンズと一緒に演奏していると、とても古風で変わっている感じがした。
その頃の私は激しいリフとビリー・コブラのリズムにのめり込んでいたから、
ストーンズの役に立てるはずがなかった。

私はイアン・スチュアート(ストーンズのロード・マネージャー)のホテルの部屋のドアの下にメモ書きを忍ばせた
“間違いだった”と書いてね。
そして私はそこを去った。


後悔はしていない。
よく考えてみれば分かる。
自分がステージのセンターにいて、チケットには私の名前が書いてあり、
私がステージに出て行って、歌なしの曲を演奏する。

この特権をどこかのバンドの加入権と交換する人がいるかい?❞

■"The Telegraph Meets Jeff Beck" - The Daily Telegraph (March 12, 2010) より

ベックにとってはメジャーであることの名声よりも、バンドという枠の中ではなく、自分が好きなように音楽を続けていける環境を持つことが何よりも優先だったことがわかる言葉だ。そしてこの時ベックは、ザ・ジェフ・ベック・グループを脱退したロン・ウッドを、自身の代わりとして紹介している。ギタリストに対する感覚を誰より持ち合わせていたベックは、ザ・ローリングストーンズのギタリストには、ロン・ウッドのギターがベストだと感じていたのかもしれない。一度は音楽性の相違から離れていったロン・ウッドに対して、ベックはギタリストとしてのリスペクトを持ち続けていたのだ。なんて粋な話だろう。

ザ・ローリングストーンズでギターを弾くベックの姿も見てみたかった気持ちもあるが、そうなっていればロック・インストルメンタルアルバムの最高峰『ブロウ・バイ・ブロウ』(1975)のような作品は聴くことができなかったはずだ。

The Rolling Stones - Gimme Shelter 1975 [Live]
白いトップスに革のパンツを着たギタリストがロン・ウッド。ストーンズの1975年のツアーにビリープレストンと共にサポートメンバーとして参加した。

独特なプレイスタイルと、フィンガーピッキングによるテクニックの凄さ

1975年に発売されたベック単独名義のアルバム『Blow by Blow』は、ギターにスポットライトを当て、フュージョンというジャンルが確立される前の時代に発表されたインストゥルメンタルのアルバムで、革新的なギターは音楽表現を大幅に広げるきっかけとなったと言われている。
そんなこともあり、『Blow By Blow』はギタリストの教科書とも評価もされている。

Jeff Beck - Blow by Blow (1975) FULL ALBUM Vinyl Rip

ベックは『Blow by Blow』で、自己流のフィンガーピッキングを進化させ、5本すべての指を自由自在に使い、それぞれが異なる音を出すことで通常のピックを使った奏法に比べて、非常に緻密で複雑な音楽表現をおこなった。例えば、左手でフレットを押さえたまま、右手の指でピッキングを行い、複雑なフレーズやアルペジオを演奏したり、フィンガーピッキングを使って、ギターの音を滑らかに繋げ、音のコントロールを容易におこなったりするなど多彩なテクニックを駆使している。そればかりでなく、16ビートのカッティングや裏リズム、聴かせるギタープレイとフレージング、トリッキーな技による効果的なギター音の使い方、リズム楽器としてのギター、ワンコードでのフレーズの変化の付け方、スケールの使い方など、多彩なテクニックを披露している。『Blow by Blow』は、ギタリストにとってはまさに研究の対象となる要素が満載なのだ。

例えばベックの独特なフレーズやリフ、そしてビート感溢れるリズムセクションが印象的な「Scatterbrain」は、イントロから聴き手を引き込むようなギターフレーズが繰り広げられ、一気にベック・ワールドに引き込んでいく。そして曲中には多彩なリズムが散りばめられており、リズムの変化が曲にダイナミックな響きを与えている。そこにベックの特徴的なカッティングやフレージングが、このリズムに合わせて絡み合い聴き手を魅了する。

Jeff Beck - Scatterbrain (Performing this week...Live At Ronnie Scott's)
ベックのキャリア50周年を記念して行われたロンドンのジャズクラブ・ロニースコットズでライブでは、さらに進化した超高速「Scatterbrain」を披露している。どうやって弾いているのか、映像を何度見ても理解できないまさに神業的テクニック。

「Scatterbrain」に対をなすのが、スティーヴィー・ワンダーが作曲した楽曲をカバーした「Cause We’ve Ended as Lovers」だろう。テクニックはもちろんのこと、インストゥルメンタルでありながら、それまで聴いたことのなかったギターでの音楽表現に当時のリスナーを驚愕させた楽曲だ。
ベックのギターが奏でるメロディは、美しく儚く、切なさを感じさせ、オリジナルとは異なる新たな魅力を放っている。特に中盤部分で展開されるギターソロは、メロディやリズム、フレーズを紡ぎ出すように表現されることで、ボーカルがいなくてもストーリーを語るようなギターの音色が心に響いてくる。多くの音楽評論家やファンから「ベックのギターは歌をうたっているかのようだ」と評される所以だ。

Jeff Beck - Cause We've Ended As Lovers - Live At The Hollywood Bowl 2017

またビートルズの名曲「She's A Woman」をオリジナルとは全く異なるアレンジと演奏が施し、曲の後半部分では、ベックが使用するウォウ・ペダルのエフェクトを効果的に使って、様々な表情を持ったギターソロが展開されている。ビートルズの名曲さえベックに掛かるとまるで違った熱量を帯びてくることにびっくりさせられるはず。

Jeff Beck - She's A Woman (Live)
ジェフ・ベックのギターは「歌のようだ」と表現される理由の一つは、彼の独特のフレージングと音色

“世界のギタリストは、ジェフ・ベックとジェフ・ベック以外の2通りに分かれる”

これは、アメリカのジャズ・ギタリストであるパット・メセニーが語ったこの言葉だが、この言葉こそベックが持つ独自の音楽性や個性、テクニックの高さを賞賛するとともに、他のギタリストが到達できないベックのギターの難しさを表している。

ほとんどのギタリストはジェフ・ベックの影響を受けている

ベックに影響を受けたギタリストは、直接的であり間接的であれ、幅広い世代に渡って無限大にいることだろう。そんな中から、誰もが知っているギタリストがベックにどんな影響を受けたかを紹介していこう。

伝説となっているギタリストのジミ・ヘンドリックス(以下、ジミ)もベックから影響を受けたひとりだ。イギリスでキャリアをスタートさせた時期に、ベックの演奏を目の当たりにしており、彼の演奏スタイルや音楽性に強い感銘を受けたと語っていた。アルバム『Axis: Bold as Love』では、ベックのアルバム『Wired』に収録されている「Little Wing」をカバーし敬意を表している。

Jeff Beck - Little Wing 6-12-2011

JIMI HENDRIX Little Wing Royal Albert Hall

またアルバム『Electric Ladyland』に収録されている「All Along the Watchtower」(原曲はボブ・ディラン)では、ギターソロにベックのフレーズを取り入れている。そしてジミはジェフ・ベックとの共演を望んでいたという。ベックも、ジミの演奏に影響を受けたと公言していて、ジミがブルースやロックンロールに取り入れた新しいアイデアやテクニックに感銘を受けたと語っている。2人のスーパーギタリストがお互いに影響を与え合っていた時代を想像すると胸が高鳴ってくる。

ジミー・ペイジもまた、ベックのアルバム『Truth』でのパワフルなボーカルと電気的なエレキ・ギターの互角の掛け合いというスタイルに大きな刺激を受け、のちに彼が結成するレッド・ツェッペリンにおける最大のヒントとなったとも言われている。

そして2023年2月に約16年ぶりの日本公演で音楽ファンを熱狂させたレッド・ホット・チリペッパーズのジョン・フルシアンテの(以下、ジョン)もベックの影響を受けている1人だ。

“ジェフ・ベックは、私にとって唯一無二の存在です。
彼の音楽には、それまでに聴いたことのない種類の創造性があり、
いつでも驚かされるばかりです。
私が音楽をやっているのも、
彼が与えてくれた影響があると言っても過言ではありません。
彼は本当に偉大なギタリストであり、
私にとって永遠のインスピレーション源です”

■ John Frusciante Talks 'The Empyrean,' RHCP & More" - Billboard(January 26, 2009) より

ジョンはまた「シンガーのように響かせるし、それを表現する技術がある」と最大限に賞賛する言葉で、ベックのギターに敬意を表している。ベックを知っているか知っていないかに関わらず、彼のギター奏法や独特のギターリフやフレーズは世界中のギタリストたちに脈々と受け継がれ、ギタリストに憧れる若い世代たちに当たり前のように奏でられている。

OAKLAND, CA - OCTOBER 22: Jeff Beck performs on the Brian Wilson and Jeff Beck Tour at The Paramount Theatre on October 22, 2013 in Oakland, California. (Photo by Steve Jennings/WireImage)

どうだっただろう。ベックが世界中からリスペクトされる理由が少しは理解してもらっただろうか。ベックに興味を持った人は彼の代表アルバムをまず聴いて、語り尽くすことができない彼のキャリアを紐解いてみて欲しい。最近の音楽は若年層を意識し、ギターソロがある曲よりもリズムやボーカルに重点が置かれる傾向がある。またリスナーもライブ音源や映像など、ギターソロになるとスキップして速飛ばしで見るという人が増えているという。

特にロック・パフォーマンスにおいてギターは非常に重要な役割を果たしてきた。ベックが生涯を通じて取り組んだギターの可能性を引き出す取り組み自体が、ロックを初めとする様々な音楽に進化をもたらせたと言っても過言ではないはずだ。そして華麗なギターテクニックや表現は、ロックサウンドに魅了された若い世代に刺激を与え、新たな音楽の担い手を生み出してきたはずだ。これからもべックの残した偉大なギターの音色を耳にした人々がワクワクし、ドキドキしギターを弾いてみたくなる。そんな音楽の連鎖が続いていくことを願っている。

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